連想ゲーム式フラッシュバックへの対処
〜といえばで連想ゲーム式にフラッシュバックしてしまう、好きだったものもこれのせいでできない、見れない時の対処法。
趣味を仕事にしたら趣味ができなくなったなどにも使えるかも。
・ことの流れ
①映画を見た。面白かった。
②転職活動中で面接があり、話の流れでその映画について話した。
③その話もそれ以外も面接は色々と上手くはいかなかった。
④その日以降、その映画のことを考えたり観ようとすると瞬時に面接の発言を後悔するフラッシュバックがおきてしまいその映画を視界に入れられない
好きなものにべったり張り付いた嫌な印象や記憶ほど忌々しいものはない。
フラッシュバックの本質は別記事のベストを尽くしたか論もあるんだけど、いつも尽くせるとは限らないし今回のこれは別問題。
多分生来のびびりが原因か、1点にこだわりすぎてアスぺと思われたくない故か、予防線として思考を広げやすいようにする癖がある。要するに思考のブレーキが効かずすぐに連想ゲーム状態になりやすい。特に人と話した情報は基本重要情報なため、
『この映画ってあの時話したよね?! 失敗したしついでに考えといた方がいいんじゃないかな?!』
という頼んでもない指示が脳から飛び即座に受理されフラッシュバックする。本来考えたかった楽しい映画の内容は永遠に処理待ちのまま暗闇に沈黙している。
これが
①消火器が視界に入る→②消火器といえばガスの火止めたっけ?!
であれば危機管理として非常に有用なんだが、常に発動するのはストレスになるだけでなく人生の幅を大幅に狭める。不毛。
対処法は抽象的だが『連想しそうになったら思考のピントを絞る』
( ( (○) ) ) → ◯。○ ◯。
↑周りの派生部分も大事なことではあるが、別問題。それはガスの火のような緊急事態ではないので連想する必要はない。考えたいところだけを考えたいように考える。楽しい記憶を楽しく無かったことにする必要はない。連想した記憶と境界を溶け合わせずに、別個の形を保つ。
連想ゲームは緊急時に必要なこともあるので派生しそうになるところまでは止める必要はないが、緊急性だけ判断した後ピントを絞り、思考を切り離して本来の目的に存分に集中する。
映画が面白いと思った時の自分と、面接で話した内容は別物。
エンタメを好きだった/好きな自分と、エンタメで仕事をしていた自分と、エンタメを趣味で作る自分と、どうも合わなかったエンタメ業界の人間は、全部別。
というかこれ強迫性障害の一種では???